住環境計画研究所と住宅の省エネルギー政策面での関わりは、代表取締役会長である中上英俊が本歩み「第1回 創業前史(1970年代)」や「第2回 創業初期(1970年代)」でも語っているように、創業当初に遡ります。そういった様々な専門家や役所の方々とのこれまでの関係もあり、これまでに多くの取り組みに関わることができました。この記事は、2000年代後半から現在に至る住宅のエネルギー評価に関する政策面での取り組みについて、主席研究員 中村美紀子、副主席研究員 水谷傑の回顧録をインタビュー形式で再構成したものです。
インタビュアー(青字)は住環境計画研究所の所員です。
中村:入社以来、地域の省エネルギービジョンなどの計画業務に携わっていましたが、大学で建築の環境分野を専攻していたという経歴もあり、当時上司の村越さん(元・取締役副所長 村越千春さん)と一緒に2005年から省エネ法の改正に伴う支援業務に携わるようになりました。支援業務というのは、根拠資料や会合運営のお手伝いなど様々です。住環境計画研究所が参画する前後に、国総研(国土交通省国土技術政策総合研究所)と建研(建築研究所)で自立循環型住宅の開発研究プロジェクト(平成13年~平成16年エネルギー自立循環型建築・都市システム技術の開発)というかなり大きなプロジェクトがありまして、そこでの成果を活かして新たな基準作成が行われようとしている、そういう時に関わらせていただくことになりました。有識者の先生方が今後の省エネルギーな住宅はどういうものか、それをどのように評価するのかその方法論などの議論をされていましたね。私はIBEC(財団法人建築環境・省エネルギー機構、現在の住宅・建築SDGs推進センター)で有識者の先生方で構成される委員会やワーキングに出席して、テキストの改正、講習会の準備など、まずは上司のもとで関わり始めました。議事録を作成するのが1番最初のお仕事で、内容も全く分からない状態から先生方の話を聞き取って何度も何度も頭の中に入れつつまとめていく、というのを何度もやったので、ある意味その時の経験は今の業務にも何等か活かされていると思います。
中村:この時にはZEHのような、太陽光発電などで創出したエネルギーと消費するエネルギーで相殺して0にするという考えではなくて、どちらかというとエネルギーやCO2を半減させることが可能な住宅、さらにプラスして太陽光発電や太陽熱など自然エネルギーを活用してもっとエネルギーやCO2を減らせる住宅、将来的に向かう方向は同じですが、ZEHやゼロエネルギーという言葉が出てくるのはまだ先でした。この頃にヨーロッパではゼロエネルギーという考え方が指令として初めて出てきたので、日本も徐々にそちらの方向にシフトして行くような時代だったかと思います。今はここでの研究成果が基準作りやZEHの要素技術、評価などにも活用されていますね。
中村:私が携わっていた業務は、大きな法改正の流れのなかで、省エネルギー基準を抜本的に変える部分の一部でした。それまでは省エネ基準といえば躯体の外皮だけの性能で評価していたところを、今の基準の形である躯体の性能と設備の性能を総合的に評価する形に変えましょうと提案されたのが、ちょうど2006年ごろだったと思います。当時の東京大学大学院の坂本雄三教授のご指導のもと、842地点の時刻別の負荷の計算やその整理などをお手伝いしていました。従来のエネルギー計算といえば、年間の負荷合計値と平均の機器効率でざっくりと計算されることが多かったですが、設備機器の効率を時刻別あるいは負荷帯別にみて、外気温度別の負荷と合わせることで、エネルギー消費量がより精緻に計算されるようになる、そういう方法などを自立循環の開発研究で得られた知見を基に推計されていたので、当時関わられていた先生方からあがってくるデータを纏める作業もしていました。坂本教授が、経済産業省・国土交通省・環境省の三省合同で開催されていた「ロ・ハウス構想推進検討会(座長 当時武蔵工業大学 環境情報学部 岩村和夫教授)」でおそらく初めて設備と躯体の総合的な評価方法について公表されたと思います。先生とご一緒して、データの整理や準備などのお手伝いもさせて頂いたので当時の資料には私の名前も載せていただきました。三省合同で住宅の省エネ化はこういう風に進めましょう、省エネ住宅はこう評価しましょうと報告されたものだったと思います。
総合的な評価が告示として基準化されるのは2009年になるのですが、それまでに基準作りや公表、また情報提供のための講習会など、新しい評価方法ができる過程をいろいろと経験させていただきました。それに向けた委員会やワーキングの資料作り、また計算や分析といったこともいろいろとやっていて、ほとんど他のお仕事ができない状態ではありました、当時は。今のIBECs(当時はIBEC)に朝から晩まで、お弁当までみなさんとご一緒していた状態で、忙しかった思い出しかないですね。
中村: 2009年4月に住宅事業建築主の判断基準、いわゆる住宅のトップランナー基準が施行されるのですが、2006年頃に総合的な評価法の概要を公表して、2007年ぐらいから、「2009年4月に新たな制度が始まり、評価基準が変わりますよ」とアナウンスを始めたと思います。2009年4月に告示に掲載されるということで、有識者の先生方や役所の方々の議論に同席して議事録を書いたり、新しい評価に関するテキストを作ったり、講習会で講師として地方行脚したり、やることが満載の日々でした。新しいことのひとつとして、計算ツールにプログラムを導入するということで、それまでは評価結果を紙に転記して提出させていたものを、プログラムで計算させて結果を提出させるようなものとなるなど、同時並行でいろいろやっていましたね。私はそのプログラムのテストにも関わっていて、そのバグ取りのテストを四六時中やっていました。2009年4月に施行するということは、数か月前にはある程度固めて、公表しなければならないということで、年末は結構大変だった覚えがあります。私もそうだったけど、これに関わっていた何人かはその後に燃え尽き症候群みたいになっていましたよ(笑)。
中村:平山君(主任研究員 平山翔)が給湯関係で関わってくれました。猫の手も借りたい状況で私一人では手に負えなくなり、給湯の評価方法を検討するところで現東京大学大学院の前真之准教授と2人3脚で色々と活躍してくれました。今の給湯の評価のベースになっているものです。平山君は入社2年目ぐらいだったと思いますが、学生の頃に先生とご一緒したという経緯もあったので、先生と連絡を取り合いながら進めてくれました。
中村:あまり記憶がないですが、おそらく施行前後だと思います。施行前と施行後に全国でIBEC主催の講習会をやっていて、有識者の先生と役所の方、コンサル系の何人かで、北海道から九州まで各地を回りました。そういう出張ばかりだと今度は所内の他の仕事が全くできなくなって。当時は所内で欧州調査などもあり、段取りや報告書作成まで今考えたら恐ろしいぐらい動いていましたね。地方行脚の講習会で場数を踏ませてもらい、ある程度の度胸もつきました。あとは、大学時代の同級生が聴講してくれていたりと、非常によい経験をさせていただきました。
中村:話が余談になりましたが、2009年の住宅トップランナー基準は、年間150戸以上建てる分譲建売の事業主が対象となる基準、一方で本命の建築主の判断の基準、いわゆる省エネルギー基準も、外皮の性能だけを評価するのではなく、設備の性能も総合的にみましょうということで、2008年ごろから省エネルギー基準の改正に向けていろいろと検討が動き始めていました。その頃に、国土交通省の基準整備促進事業(基整促)という事業に関わることになって、これは2~3年かけて実施するプロジェクトで、基準を作成する際の根拠資料となる各種データを民間の力や大学の力を借りて収集するという事業で、そこに応募して、省エネルギー基準の中で活用されるようなデータ取りなどを始めたのが2009年ごろ。限られた予算を団体や大学と協議しながら、課題解決に向けて成果を出すべく、関係者と協力して企画、計画、予算検討まで、いろいろとやりましたね。ここから題目は変わっていきますが、数年続く事業になりました。
基整促から、水谷君(主任研究員 水谷傑)や高山さん(研究員 高山あずさ)もメンバーとして加わることになり、以降は省エネ基準関係のお仕事に携わってくれています。基整促に水谷君に入ってもらったのは、興味を持ってくれたのが大きかったですね。筑波の建研に通ってデータを吸い上げて、メーカーや事業者の方々とも何度もやり取りしてもらったかな。
中村:当時はIBEC関係のお仕事の方がどちらかというと割合的に高く、それに伴って大学の先生方、有識者の方々、国総研・建研のメンバーの方々、あとは民間の方々などいろんな人と接する機会があって。まあ、それはそれで、所内でも特殊な仕事しているみたいな思いもありつつ、自分の中では楽しくて充実した日々を過ごしていたと思います。怒涛の日々であったことは間違いないけど、その当時の苦労が今の糧になっていると思えば、良かったのかなあと思います。
以降、2013年に抜本的に省エネルギー基準の評価方法が変わるのですが、それまでの経緯にもいろいろと立ち会わせていただきました。
水谷:2011年度の基整促事業から関わることになったのですが、それまで省エネ基準のことはほとんど内容を知りませんでした。温水暖房用のガス給湯器の効率が何で決まるのかを整理してその効率曲線を同定するための実験をしてほしい、ということで関わったのが最初です。大きな省エネ基準の中のガス熱源機の効率という一部分の業務でしたが、面白そうということで担当しました。その後にこんなに長く関わることになるとは、当時は全く考えてもいませんでした。効率曲線の同定については、ガス熱源機を実際に購入し、建研にある人工気候室で気温や湿度の条件を揃えて実験をしました。だからその時期は建研によく行っていましたね。熱源機の構造とかそれまで考えたことがなくて、ガスを燃やしてお湯を沸かすぐらいの感じだったのですけど、まずはどういう風に筐体内をお湯が回っているか、どこで熱交換しているのか、という構造を把握する作業をしました。次にどういうロジックで効率曲線を導き出すのかというのを、実験結果の回帰式だけではなく、きちんと工学的な意味も合わせて考えていくことが必要だったので、ガス熱源機一個を全部分解して調べるということをしました。大変だったのですが、それは本当に勉強になったし面白かったです。特に潜熱回収の部分はよくできているなと感動したことを覚えています。
水谷:分解して構造を理解できたことはロジック作成に役立ちましたし、今でもその経験は自分の中で活きています。また機会があればぜひやりたいですね。笑
水谷:研究室ではエネルギー消費実態の研究をしていたので、エネルギーの素養はあったのですが、検針票の月別のエネルギー消費量から、使い方とエネルギーの関係がどうなるかというアンケート調査ベースの研究しかしてなかったので、正直、設備や負荷の素養ってほとんどなかったんですよ。建築学科の出身なのに負荷って何だっけ?という感じでした。実験はすごく面白そうだなと思ったので、できるか自信はなかったけど、やってみようって。
水谷:毎年テーマが異なるのですが、その時々のテーマで色々なメンバーが関わっています。高山さん、岸田君(主任研究員 岸田真一)、玄さん(主任研究員 玄姫)、岡本さん(主任研究員 岡本洋明)などですね。
水谷:国際航業とご一緒している「エネがえる」ですかね。「エネがえる」とは太陽光発電や蓄電池への買い替えの経済効果を試算するために、電気、ガスの月別の検針票から時刻別消費量を推計して計算することのできるブラウザベースのシミュレーションツールでした。当時、計算ロジックを構築することのできるパートナーを探されていて、省エネ基準と家庭CO2統計のノウハウを使って彼らの求めている内容の構築が可能ということでプロジェクトが開始しました。シミュレーションの一部を構築し今でもAPIサービスを提供しています。それまでは評価ロジックをエクセルなどで作って納品する経験はあったのですが、新しいことを試してみたいということもあり、初めてAPIの構築に取り組みました。評価ロジックの部分は省エネ基準のWEBプログラムの技術仕様書を読み込んで内容を理解していたこと、家庭CO2統計を当時担当していたので心配な点はなかったのですが、APIについてはさっぱりでしたので、高木さん(主任技術員 高木萌さん)や当時在籍されていた助手さんには本当に助けられました。
中村:まずは、どこにどのような課題があるのか、ニーズがあるのか、そして自分らのスキルやツールがどのように活かせるのかになりますね。国では段階的に基準を義務化するという政策で進められてきましたが、来年2025年4月からようやくすべての建物、住宅においても省エネ基準の適合義務がスタートします。これまでに所内で培った経験や知見を活かして、基準作成支援はもちろんですが、基準の内容やエネルギー計算方法がよくわからない、事前に性能を把握したい、など事業者のみなさんにもお困りのことはたくさんあるかと思います。現場のニーズにできるだけ応えられるように、いまあるスキルやツールを活かして、課題解決に繋げていけるといいなと考えています。
「住環境計画研究所の歩み」は今回で最終回となります。
ここまで住環境の歩み(全11回)をお読みいただき、誠にありがとうございました。