※この記事は住環境計画研究所の副主席研究員である平山に対するインタビュー記録(2024年1月19日実施)を元に再構成したものです。
インタビュアー(青字)は住環境計画研究所の池田です。
BECC JAPANが始まる前の1990年代や2000年代の話は、会長や鶴崎さんのインタビューを参照いただくことにして、私からは平山の入社した2006年以降で特に関係があるところからお話できればと思います。
私は学生の時から家庭の省エネ行動に関する研究をやっていました。入社以降も関連したプロジェクトに関わっていたのですが、BECC JAPANにつながる1番大きなきっかけは、2011年の東日本大震災だったと感じます。
2011年3月11日に震災が起こり、その直後から東京電力管内で計画停電が始まるなど緊急的な節電が必要になりました。その後も継続的な節電対策の必要性が見込まれたため、どのような節電行動が行われているかを調査し、結果を発表することになりました。
同じ時期に、別のインタビューにも出てくるアラン・マイヤー(Dr. Alan Meier)さんが来日しており、調査結果をアメリカのBECC(Behavior Energy & Climate Change) conferenceというコンファレンスで発表したらいいと提案してくれました。それまでBECCのことは知らなかったのですが、早速その年の2011年12月に、アメリカのワシントンDCに参加して初めてBECCで発表することになりました。
BECCに初めて参加した私にとって、エネルギー事業者や自治体職員、研究者が一緒のセッションで議論している姿は非常に刺激的でした。自分自身はそれまで建築学会などで省エネ行動の研究を発表していましたし、他学会でも関連研究があることは知っていました。このため、日本にも同じように多様な関係者が省エネ行動の議論する場があればいいなと感じました。これがBECC JAPANが始まるきっかけの1つです。ただ、その時はまだすぐにBECC JAPANを始めることになるとは思っていませんでした。
当時お世話になっていた東京ガスの岡村さん(岡村俊哉氏・当時東京ガス株式会社)が、米国のBECC conferenceのチェアの一人だったスタンフォード大学のジェームズ・スウィーニー先生(Dr. James Sweeney)と交流があり、「平山さん、日本でもBECCをやってみては?」と提案してくださったのです。そこから、暮らし創造研究会の立ち上げを進めていたガス業界と連携して、日本でBECCを立ち上げるプロジェクトが動き始めました。
ただ最初から上手くはいきませんでした。当時は日本ではほとんど誰もBECCという言葉を知らない頃です。そこで、東京ガスでエコ・クッキングをはじめとした省エネ行動の研究や発信を担当されていた三神さん(三神彩子氏・2024年11月現在は東京ガス都市生活研究所所長)と一緒に、いろんな分野の研究者の方々を訪ねて歩きました。社会心理学、行動経済学、環境教育、建築とそれぞれの研究者を訪ねて、省エネ行動の研究会を作りたいと提案して回り、関心のありそうな先生をまた紹介してもらうということをやりました。その結果、旧・省エネルギー行動研究会の発起人になっていただいたのが、慶応義塾大学の杉浦 淳吉先生、一橋大学の竹内 幹先生、東京都市大学の坊垣 和明先生、横浜国立大学の松葉口 玲子先生、東京大学の前 真之先生でした。
最初のイベントではシンポジウムの形を試すことにしました。2014年の2月に省エネ行動研究会の第1回シンポジウムを東京大学で開催しました。ちょうど大雪が降ってしまい、開催できるかどうか心配になったのを覚えています。そして半年後の2014年9月には、BECC JAPANの第1回を開催しました。ただ、初回の発表は公募ではなく研究会発起人になってもらった先生から紹介いただいた方や、知り合いだった方にお願いして研究発表をしてもらいました。さらに基調講演では、アメリカのBECCからマーガレット・テイラー先生(Dr. Margaret Taylor)や、前のインタビューにも出てきたオスロ大学のハロルド・ウィルハイト先生(Dr. Harold Wilhite)も招待して基調講演をしてもらいました。これが2014年の第1回 BECC JAPANです。
BECCという名称を使わせてもらうために、アメリカの本家BECC conferenceの事務局を共同で務めるAmerican Council for an Energy-Efficient Economy (ACEEE)、California Institute for Energy and Environment (CIEE)、Precourt Energy Efficiency Center, Stanford University(PEEC)にも許諾を取りました。会長を始めとして住環境が長年にわたりアメリカの省エネルギー研究者と親交をもってきたために実現できました。
そうですね、分野によって考え方や用語が違うため、最初からスムーズに議論が進むわけではありませんでした。今でも解消しているわけではないと思います。しかし、アメリカのBECCも同じだとは聞いていました。違う分野の中での用語の統一、または一緒に議論できるような土台を作ること、そして産官学でも考え方が違うので、それをどうコミュニティにして、一緒の土台で話せるようにするかということは、アメリカでも苦労されていました。それは日本でも意識的に取り組んできたところです。
2011年に初めて参加した時はただの一人の参加者でしたが、その後、BECC JAPAN立ち上げの時には、かなりアメリカのBECCのあり方を参考にしました。
そうですね。でもこの分野はもともと学際的で他の研究分野と重なっているところがありました。それぞれの学会の一分野として省エネ行動を研究していた人たちが、集まって議論できるような場所を作りたいと思っていました。
そうですね、ニーズはあったと思います。当時は省エネ行動と言っていましたが、現在では気候変動やその他の持続可能性に関する行動全般までスコープを広げていこうとしています。2024年は11年目に入るのでBECC JAPANをちょっと変えた形にできないかと考えているところです。
私は、スマートホームやHEMS、省エネ行動に関心があり、2009年頃から調査は行っていました。そのころアラン・マイヤーさんが日本に来ていて、アメリカの面白い取組事例を質問したときに紹介してもらったのがOpower(現 Oracle Utilities Opower)という会社です。その場でOpowerが提供しているホームエネルギーレポートというWEBサービスを見せてもらいました。自宅のエネルギー消費量を近所の世帯とグラフで比較するというものです。
その後、2011年9月に調査でアメリカのカリフォルニアに行くことがあったので、すぐにOpowerにコンタクトを取り、ヒアリングに行きました。当時のOpowerはスタートアップ企業でしたが、急拡大しているという話を聞きました。
2013年頃に、Opowerが日本支社を作るということで、以前訪問していた私たちのところにも日本担当の人が挨拶に来てくれました。そこから、日本でもプロジェクトをやりたいという話になりました。実施方法を探っていたところ、2015年に経済産業省資源エネルギー庁の委託業務の一環として、ホームエネルギーレポートの実験を日本でもやってみることになりました。Opowerと北陸電力と住環境の3社で、冬期の3か月間で実際にレポートを2万世帯に配って、その効果を検証する実験を行いました。これが日本で大規模にホームエネルギーレポートを行った最初の実験になります。わずか3ヶ月の実験でしたが、しっかりと効果があることが分かりました。それを日本ではBECC JAPANで発表しましたし、海外ではアメリカのBECC、ヨーロッパでは同じようにエネルギーと行動変容を扱う会議体のBEHAVEという国際会議でも発表しました。
また東京都環境局では行動科学を使った省エネの方策を考えたいということで、実証実験を行う機会もありました。若年単身世帯には、高効率の冷蔵庫を選択してもらうような仕掛けをしたWEB実験や、家族向けには電子チラシサービスを使って省エネ情報を提供する実験を行いました。
2015年から2017年頃には、北海道ガスが環境省事業(環境省「平成27~29年度CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業(住環境情報を活用した省エネサポートシステムの開発・実証)(実施主体:北海道ガス株式会社、株式会社住環境計画研究所)」)の一環で、HEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)の開発プロジェクトを始めました。その一部として、行動科学を活用して消費者の行動変容を促す機能を追加することになりました。IoTセンサーで取得した温度や暖房の使用方法などのデータを使用して、暖房の省エネを促進する省エネアドバイスをどのように提供できるかを考え、それをHEMSの機能として追加するものです。
プロジェクトとして最も大きかったのは、2017年から2020年にかけて行われた環境省のナッジ事業(低炭素型の行動変容を促す情報発信(ナッジ)等による家庭等の自発的対策推進事業(生活者・事業者・地域社会の「三方良し」を実現する日本版ナッジモデルの構築))でした。主に2つのプログラムがあり、ひとつは全国でホームエネルギーレポートを3年間かけて配布して、地域性や季節性、効果の持続性を検証するものでした。もう1つは、東京ガスと共同で小中高生向けの省エネ教育プログラムを開発し、日本全国で実証するものでした。うちには建築分野出身者が多いですが、この時期に環境社会心理学を専攻していた小林君(研究員 小林翼)も入社してプロジェクトに参加しています。
ホームエネルギーレポートの実験では、北海道ガス、東北電力、北陸電力、関西電力、沖縄電力と協力し、北海道から沖縄まで、電力もガスも含めて、5つの地域でホームエネルギーレポートを配布し、その効果を検証しました。当時、Opowerはオラクル社に買収されていたため、オラクル、住環境と電通の3社で主にプロジェクトを進めていました。毎日のように議論を重ねながら、さまざまな問題に対応してプロジェクトを進めていました。苦労も多かったですが、どの地域でも、どの季節でも、電気でもガスでも、ホームエネルギーレポートには効果があるという結果が得られ、それが現在のさまざまな政策や今後の取り組みにつながる大きなエビデンスになったと思います。
また、同時に行っていた省エネ教育プログラムでは、全国の約1万人の小中高生等を対象に実証したのですが、この時に子どもへの教育が脱炭素には重要であることに気づきました。長期的に脱炭素を目指す場合、なるべく早く教育を始めた方が累積のCO2削減効果は大きくなります。また、子どもに省エネ教育を行うと、間接的に大人に伝わり、大人の行動も変わることが分かりました。これを「子どもを通じて大人をナッジする」と呼んだりしています。このプログラムはその後、第17回キッズデザイン賞の奨励賞としてキッズデザイン協議会会長賞を受賞することができました。
実はガールスカウトで子どもに教育をすると親の行動が変わるという研究がアメリカにあるのは知っていましたので、我々の調査でも子どもと親との会話の量や親の行動の変化の関係などを調査したのです。
いろいろなところで実験や実証を行うと、行動変容というのは全て文脈が全然違うことが分かります。発信する人が誰なのか、受ける人が誰なのか、何をしてもらいたいのかということが全く違うので、どういう媒体で誰に何をどう伝えるのかということは、本当にその場その場で考えなければいけません。
例えば、ホームエネルギーレポートでも北海道、東北、北陸、関西、沖縄の地域、季節によって省エネアドバイスはローカライズしました。自分の地域にはそんな設備はないとか、その季節にはそんなことをしていないとかということがよくあります。こういうことは文献だけではわからないので、作成したメッセージは生活者の目線で見るとどうですかと各地域で聞いてみる必要があります。
池田さんは沖縄にいたことがあるから分かるかもしれませんが、湿度が高くて洗濯物を外に干しっぱなしにできないという話も聞きました。
あと現地の人は客観的な視点はないので、意外なことを当たり前だと思っているということもよくあります。だから、機器普及率やエネルギーデータ、温度・湿度などの客観的なデータも見るし、文献調査もするし、現地ヒアリングもすることで、総合的に判断するようにしています。
2017年に行動経済学者のリチャード・セイラー氏がノーベル経済学賞を受賞してから数年はナッジブームが来て、色々な分野でのナッジ活用や実験に関わらせてもらいました。例えば環境省事業の中だと、デロイトトーマツコンサルティングと連携してSNSを想定したような画像を使って若年層の人に気候変動への関心を高めるにはどういう情報発信の仕方をするべきかというWEB実験と、家庭で食品ロスを削減するためにはどういう情報提供がよいかというフィールド実験を行いました。どちらもこれまで経験してきた省エネからははみ出した内容だったので、グループインタビュー調査でインサイトの収集から行いました。食品ロス削減の検討では、女性視点を持つ玄さん(主任研究員 玄姫)がチームにいたことも有効でした。
経済産業省では、ザッツコーポレーションや楽天と連携して省エネ家電に買い替えてもらうためにインターネット上のバナー広告を使った実験(令和2年度省エネルギー促進に向けた広報事業(ナッジを活用した需要喚起型の一般向け情報発信事業))を行いました。冷蔵庫とエアコンとテレビの3種類の家電に対して、6種類ぐらいナッジを使ったメッセージを設計して、実際に2.5億回表示してみてクリック率や、ECサイトでの購入率を比較する実験もやりましたね。
次にやったのが北海道庁の3ヵ年プロジェクト(令和3~5年度脱炭素社会に向けた行動変容促進事業)です。1年目は文献調査とWEB実験だったのですが、2年目は2つのフィールド実験を実施しました。ひとつは、北海道電力さんのメールマガジンの中でナッジを活用したメッセージを配信して、高効率エアコンの購入を促す実験でした。
もうひとつは、厚着して暖房設定温度を下げてもらうことを促すチラシを作って、道南と道北の4つの町で自治体広報誌に折り込んで効果検証する実験でした。北海道では家の中ではガンガン暖房して薄着でアイスを食べる文化があると言われているのですが、どういう対策を促すか検討しているときに「行動変容で狙うなら厚着してもらうことじゃないか」と以前大学の先生からアドバイスもらっていたことを思い出したのです。初めて自分でチラシをデザインしてみて、現地調査で町の職員の方の家を見せてもらったり、チラシが受け入れられるかなどを聞いて、最終化したチラシを配布したところ無事に良い結果が出たので安心しました。この経験で、行動変容にデザインの要素がとても重要なんだなと実感して、その後は意識的にプロのデザイナーさんと協働するようになりました。
もちろん事前にはリモート打ち合わせしたり、統計値を見たりするんですが、実際やっぱり現場に行かないと分からないことが多いので、現地を見て町を回ったり話を聞いたりするようにしています。住民の人に「ちょっとお話いいですか?」なんて話を聞いたりしたリアルな声を知らないと、メッセージに血が通わないと思っているんですよね。自分たちが作ったメッセージに対して「これはあのおばあちゃんに伝わるかな」なんてことをチーム内で話します。
よくチーム内では「自分のお母さんとかおばあちゃんを想像してみてこれ伝わる? 行動は変わる?」「うちの母親だったらムリだな」という話をします。
2022年度にも電通と連携して実施した環境省事業(令和4年度 ナッジ×デジタルによる脱炭素型ライフスタイル転換促進事業)の一環で、東京のオフィスビルや壱岐市の中学校、京都の大学生向け不動産事業者さんと連携して実証実験を1年間やらせていただきました。環境省事業は1年間だけだったのですが、このうち学校向けの省エネ教育アプリについては壱岐に加えて北海道胆振地方と大阪府堺市で自走化に向けた実証を2023年度に実施しています。
いろいろな事業に関わって感じたのは、国や都道府県と比べて市町村や事業者、学校というのは最終消費者との接点が多いということです。行動変容の情報提供を行う場面というのは当然現場にあるのですが、各現場によって文脈が違うので、情報を設計する場合にどこまで個別最適化するのかという点が悩ましいところです。
BECC JAPANは2014年に1回目を始めて、それからずっとコンファレンス形式で開催してきました。2020年から2022年まではコロナ禍の影響もありオンライン開催になりましたが、それでもありがたいことにリピーターの方が多く参加し、参加人数は減りませんでした。2023年には10回目の記念すべきイベントを対面で開催しました。久しぶりに会った人たちが同窓会のように嬉しそうだったのが印象的で、対面開催にしてよかったと感じました。
10年間で参加者層も幅広くなり、スタートアップコミュニティである環境エネルギーイノベーションコミュニティや自治体を中心とした行動科学コミュニティであるPolicyGarageとの連携も強化され、幅広い参加者が集まるようになりました。次の11年目以降も継続していく予定ですが、形は柔軟に変えていきたいと考えています。
次の方向性をどうしていくのかは課題ですが、楽しみに参加してくださる方がいる限り、新しい展開を考えつつ続けていきたいと思っています。
本当にそうですね。国内も海外もいろいろなところで知り合った人や、紹介してもらった人にいい人がいて、そのつながりでここまで来たと感じています。その点ではやはりBECC JAPANは人をつなげるコミュニティになることを軸足に置いた方がよいかなと思っています。ただ、聴講者だけ集めても交流が進まないので、話が盛り上がるためにはお互いに何をしているか分かるように取組をしてもらう方がいいかなと感じています。
(第11回に続く)