※この記事は住環境計画研究所の創業者であり、代表取締役会長である中上英俊に対するインタビュー記録(2023年10月3日実施)に一部加筆して再構成したものです。本インタビューには主任研究員である岡本洋明も同席しています。インタビュアー(青字)は住環境計画研究所の所員です。
岡本:家庭CO2統計は、日本の一般家庭が、1年間にどのぐらいエネルギーを消費してCO2を排出しているかを捉えるための統計調査で、調査世帯に、12か月連続で毎月の電気・ガス・灯油・ガソリン・軽油の消費量および支払金額の回答を求める調査です。また、その調査世帯が、どんな家に住んでいて、どんな家族がいて、どんな家電や設備を持っていて、それらをどんなふうに使っているか、ということも併せて調査しているので、エネルギー消費やCO2排出の実態を、生活と結び付けて捉えることができます。
なおこの事業は、株式会社インテージと共同で実施しています。住環境計画研究所は調査方法の検討、調査票の設計、データ精査、分析、公表資料作成等を、インテージは調査の実施、集計、統計表作成等を、それぞれ担当しています。
注1)家庭部門のCO2排出実態統計調査(家庭CO2統計)公表ページ(環境省サイト)
中上:総務省の家計調査しかなかったわけだよね。電力消費統計とガス事業生産動態統計調査という供給側の統計はあるけれど、例えば電力調査統計には「家庭用」という区分があるわけではないから、従量電灯B等のような契約種を家庭用と見なすしかない。でも本当は、それは家庭用の範囲とは一致しないんだよ。調べればすぐわかるけれども、このやり方だと、小さい商店だとか自動販売機だとかの契約も混じってしまう。その点、家計調査であれば、同じ「世帯」という範囲で、ベースが揃っているからね。
昔、統計で家庭用と見なされている契約の実態を調べたことがあったんだけど、例えば東京では、山の手と下町とでは実情が違うんだよね。成城あたりでは、通常の電灯契約を超えるような容量で契約している住宅が多く出てくる。それが浅草あたりの下町に行くとそういうケースはほとんど出てこなくて、商店のようなものが多く紛れ込んでくる。杉並や中野あたりの住宅地だとそのちょうど中間のような感じで、世帯数と契約口数がちょうどバランスするようになっている。こういう実態を知ったら、供給側のデータから電灯契約が即ち家庭用だとは、あくまで便宜上のものだな、と思うわけだよ。
中上:その点、家計調査は、バイアスがあるにしても、一応は間違いなく一般世帯が対象になっている。でも、今でこそ家計調査でも電気の消費量や灯油の消費量がわかるようになったけれども、昔の家計調査は単に電気代とガス代しか調査されていなかったから、支出金額ではなく電力消費量を知ろうとすると、家計調査だけでは読み取れないわけ。だから、ベースが揃っていないことは承知の上で供給側の統計を使ったり、電灯電力の単価を用いて家計調査の支出金額から消費量を割り戻したり、という作業をしていたんだ。
都市ガスはガス協会のデータを使うんだけども、都市ガス会社は今は190社ぐらいだけど、かつては250社程度もあってね。東京に住んでいたらガス会社と言えば東京ガスしか知らないから、そういうのを見るとびっくりだよね。しかも当時の一般世帯の半分以上は都市ガスではなくプロパンガスを使っていたわけだ。そういうことを調べながら、なるほど、日本のエネルギーの需給構造ってのは、こんなふうに地域によって違うんだな、ってことを実感していったんだ。
岡本:そういうことは本当に大事ですね。私は北陸の出身なのですが、北陸の場合も、新潟には都市ガス会社が複数あって普及しているんですが、石川や福井では都市ガスの普及率はとても低いです。さらにLPガスの価格も高いんですよね。エネルギーのあり方は、地域によって全然違っているんですが、そういう細かいところまではなかなか気づけないですよね。
中上:昔ね、役所と仕事をしていた時に、とある課長さんが「今時プロパンガスなんて使っている家があるんですか」なんて言うわけ。だから「半分以上はプロパンガスですよ」なんて言ったら、たまげてた。東京生まれ東京育ちだと、プロパンガスを生まれてから一度も見たことがないんだよ、下手するとね。そういう自分の既成概念で判断すると、ミスリードしちゃうわけだよ。
でもやっぱり、自分ひとりで全てのイメージを持っている人って、よほどの専門家以外にはいないから、やっぱり世の中の実態を、全体が俯瞰できるような形で捉えたものが非常に重要になるんだ。
中上:それはもう、違う統計を並べて繋げるしかないわけだよ。でも、当然ながらそれらは統計ごとに別々の人たちの情報から構成されているから、厳密に言うと正確さに欠けるんだよね。でもそれしかないわけだから。
中上:基本的にね、家庭全体のエネルギーの使用状況を知っている専門家なんて、誰もいなかったんだよ。それが僕はこの業界に出て驚いたことだよね。電力は電力だけ。ガスはガスだけ。石油は石油だけ。だから、家庭という範囲でどうなっているのかなんて、誰も知らない。なるほど、みんな知らないんだ、じゃあ俺は専門家になれるな、と思ったね、その時。
そういうふうに思って、こっちの土俵に引き込んでくることが大事なんだよ。君らはそういうことをやらないだろ?
岡本:…善処致します(苦笑)。
中上:と、まぁ、これがスタートですよ。
中上:そうね。でもね、たまたま会社を作ったときの秋にオイルショックがあって、その数年後から、そういう情報が必要だっていう社会になってきたわけだ。当時は競合もいないし、うちでは既に断片的な調査なんかも結構やっていたからね。ただ、その頃はまだ継続的な調査ではなかったんだ。
継続的にやっているっていうのは、1つの大きな力なんだよね。わが社の10周年のときに、電力会社とガス会社にマルチクライアントプロジェクトをやりませんかって言って、営業をかけたんだ。そこで、家庭用のエネルギーと住宅設備に関するデータ集を作ろう、みたいなことを言ったんだ。家庭用エネルギーのベースデータは家計調査を使って。それを「資料編」としてまとめたんだけど、それが随分と立派なものになったから、これを何とかして年報にしようということになって、しっかりと装丁して、家庭用エネルギー統計年報として販売することになったんだ(第3回参照)。当時のパソコンは性能がまだまだ悪いし、印刷された文字の見た目もイマイチで、まあずいぶん苦労して作ったけれど、それを毎年毎年やったんだ。
中上:こういうことを継続的にやっているとね、同じような手法の研究が出てくるわけだよ。そしてそういうものが学会で発表されたりするわけよ。多少うちとは違うアプローチでやっていても、同じデータをベースにしているから、そんなに大きくは変わらないデータが出てくる。それでも1回発表があると、専門家が登場した、みたいな雰囲気になるんだ。そういうのが色々と出てきたもんだから、当時のうちの担当者が、これはもう一般化してきたから、販売するのは止めて無料で公表しましょうって言い出してね。何を言っているんだ、貴重な商品なんだぞ、と。それに誰でもできるから、なんて言っているうちに、ブームが去ってみんな止めちゃうんだよ。大体そうなんだ。だから継続っていうのは力なんだ。
岡本:そこは我々も肝に銘じておかないといけないですね。単年でもデータがあることには価値はありますが、それが何年も蓄積されているということには非常に大きな価値がありますね。時間軸を長く見ることが大事ですね。
中上:もちろん。だから散発的な実態調査っていうのを、数百サンプルの規模だけどやっていたわけだね。これはエネ研(日本エネルギー経済研究所)ともやったけれども、300サンプル程度でも、データをひっくり返してみると本当に勉強になるんだ。
鳥取かどこかのおばあちゃんに「暖房に電気を使っているって書いてありますけど、本当に電気暖房なんですか?」って電話で聞いたら、実際は石油ストーブを使っていたんだ。でもコンセントに挿さなきゃ動かない、と。そんなの当たり前なんだけど、そういうのを見越して聞き方を考えないといけないんだよ。
それに、「事実は小説より奇なり」みたいな話がどんどん出てくる。例えば、どう考えても厨房でものすごい量のエネルギーを使っている家があったわけ。そこでこの家に電話して聞いたら、毎日鍋を食っている、みたいな話が出てきてさ。
岡本:お父さんが先にお風呂に入った時は、湯を全部捨ててもう一回お湯を張り直しているという、年頃の女の子がいる家庭もあったそうですね。
中上:やっぱりこういうところまできちんと押さえた上で議論しないといけない。平均値の議論っていうのは、一般論で言う時は良いけれど、個々にフォーカスしたときにはほとんど役に立たない。家庭用ではないけれど、ラーメン屋と寿司屋はエネルギーの使い方が全然違うから、それらを「飲食店」と一括りにしても意味が無いよって。そう言うとみんなわかるんだけどさ、頭の中で勝手に「飲食店」で納得しちゃうんだよね。家庭用だって、北海道と沖縄では全くエネルギーのあり方が違うんだよ。平均だけでは全然駄目なんだ。
そういう意味で、やっぱりデータベースが大事だと。単なる統計ではなく、データベースが大事だってことを言い続けてきたわけ。
中上:みんな「必要ですね」とは言うんだよ。でも、これはもう本当に笑い話だけれども、役所の場合は担当が2~3年で変わるから、新しい課長が来たタイミングで、1年ぐらい説明をして、2年目になって「なるほど重要ですね」となって、3年目にいなくなるんだよ。いつまでも階段を登れずに、上がって下がってを繰り返すだけ。
中上:これが環境省で実現したのは、本当にユニークなことだったんだ。はじめは土居さん(土居健太郎さん。現在、環境省 水・大気環境局長)がまだ課長補佐だった頃かもしれないけれど、その後も低炭素社会推進室の初代室長として4年近くおられてね。土居さんとは家庭CO2統計の実現に向けて随分長く議論できたんだ。僕はその間に一生懸命土居さんを口説いた。だから実現できたんだ。
中上:もう1つある。環境省は当初、この類の調査は大きくてもだいたい数千万円ぐらいの規模だと思っていたんだ。でもそんな程度ではない、数億円規模だと言ったんだ。そんなことを言ったら、みんな引いちゃってね。
だけど、僕は環境省のいろんな委員会に出ていて、技術評価の委員とか、委託調査の審査員とかやっていたんだけど、その審査員をやっていた時に、毎年数億円のプロジェクトがいくつも採択され実行されているのを見ていたんだよ。だから、それほどの予算があるのなら、統計の整備にまとまった予算を投じれば、実効性が高くて有用な成果が得られるんだから、やるべきだ、って言ったんだ。
さらにその頃はちょうど、石油特別会計(石油特会)っていう、経済産業省が握っていた予算を環境省で使えるような予算措置の編成があったりしたから、結構お金があったわけね。
岡本:こういう、時代を切り取って見せてくれる統計データって、存在し続けることに大きな価値があるはずです。家庭CO2統計のようなデータベースは、私たちの次の世代が、今この時代の家庭部門を評価するために使っていくものにもなっていくはずで、本当に大事な宝物だと思います。
中上:そういうことを、どれだけの人が感じているのか疑問だよ。普通、新しい対策施策を起案するときには、こういうデータは必須のはずなんだ。なのに、施策の有効性を示す根拠となる実態データも無いままに、プロジェクトが走り始めるわけだからね。
住宅の省エネ基準だって、それが義務化されることによる省エネ効果をちゃんと実態に基づいて評価したら、家庭部門のエネルギー消費量総量で見ると本当に微々たるものなんだ。今の新築着工住宅数は年間80万戸で、そのうち基準を満たしていない住宅は2割ぐらい。わかりやすくするために100万戸だとしても、2割だと20万戸だよ。住宅は5,000万戸あるんだよ。そのうちの20万戸だから、全体の250分の1。で、断熱を強化することで暖房のエネルギー消費量が半分になるとしても、家庭のエネルギー消費量のうち暖房が占める割合は25%程度なんだ。こうやってざっくり計算したら0.05%になる。
こういうことが省エネ施策として打ち出されているんだ。なんでそんなことになるかと言ったら、データが無いからなんだ。もしくはあるのに使われていない。それなのに、これで日本の住宅の省エネは大きく進んだということが言われている。もう全然、桁が小さい話なんだよ。
中上:ナッジで「あなたは今月、隣の家よりも電気を使っていますよ」って伝えれば、電気の消費量が2%減るんだよ。電気の消費量は家庭部門の約半分だからね、全体で1%の効果になる。1%と言われると小さく聞こえるかもしれないけど、実際は桁違いに大きいんだよ、その効果は。そういう評価を、実態のデータに基づいてしっかり行っていかないといけないんだ。実態を示すデータベースさえあれば、ちょっと計算すれば誰でもわかるはずなんだよ。そういうデータベースがないまま、政策を評価すること自体がおかしいと思うんだよね。
(第9回に続く)
次回は来週の更新予定です。