※この記事は住環境計画研究所の創業者であり、代表取締役会長である中上英俊に対するインタビュー記録(2016年7月5日、7月12日、7月22日実施)に一部加筆して再構成したものです。インタビュアー(青字)は住環境計画研究所の所員です。
官公庁やエネルギー業界からの発注が中心だったから、バブル崩壊の影響を受けるようなことはなかったね。リゾート計画のような仕事は確かに無くなったけれど、前回話したように、今はリゾートを作らない方が良いなんて提案をしていたくらいだからね。
この頃になると農村計画、リゾート計画だけでなく、地域計画や大工・工務店問題もほとんどやらなくなっていて、ほとんどのテーマはエネルギー問題になっていたところ、こうして地球環境問題にも足を突っ込むことになったんだね。でも、前に話したように、オイルショックをきっかけに、エネルギー消費の実態を調べたり、省エネルギーやローカルエネルギー(地域の再生可能エネルギー)の可能性を検討したりと基本はおさえていたわけだから、そのまま地球温暖化問題にも応用できたわけだ。
全ての都道府県で一斉に調査をするようなことは無くなったね。とはいえ、何もやらなくなったわけではなくて、通産省の予算で民生部門のエネルギー消費実態を調べようということになった。1985年頃だったと思うけれど、5年サイクルで家庭部門の実態調査を2年、業務部門の実態調査を2年、取りまとめを1年、という調査が始まった。日本エネルギー経済研究所が元請けとして受託したんだけれど、実態調査の本体は、どのように調査をすればよいかのノウハウを持っていた我々が担うことになった。
家庭部門の1年目は大都市、2年面は中小都市や町村、業務部門は建物用途で2年に分けて実施したんだ。配布リストを一から作成して、調査票を作って、郵送・回収し、怪しい点があれば電話で確認して…という流れでね。電気、ガス、油の毎月の使用量から用途別エネルギー消費量の推計をして、それをさらに分析して太陽熱利用の効果も推計した。若手研究員にとっては良い訓練の機会になったと思う。
3周目まではこのスタイルでやっていたと思うよ。そのあとは形態が変わってしまったようだね。予算規模は大きくないし、回収率も低いから、家庭部門だと有効データが1,000世帯もなかったね。一度に1年間の毎月のエネルギー使用量を聞くわけだから、几帳面な人でないとなかなか答えられないよね。
そんな貴重なデータから、家庭部門の場合だと、地方はもちろん住宅の建て方や世帯人数による違いを確認できたりしたわけなんだけど、面白かったのは家庭による差がとても大きいこと。担当した研究員が、こんな消費量の家があるんですけれど本当でしょうか?というから、電話して聞いてもらうと「事実は小説より奇なり」でね。ほとんど使わない家庭もあったけれど、とんでもなく使っている家庭も出てくる。お風呂に入るのに1人ずつ浴槽のお湯を入れ替えていますとか、粉せっけんが溶け易いようにお湯で洗濯をしていますとか、焼き物(陶芸)をやっていますとかね。こういう話を聞いて、省エネや再エネを考える前に、エネルギーをどのように使っているのかを知らないとダメだと改めて感じたんだよね。
業務部門は家庭よりずっと大変だよ。建物用途は様々で、業種や業態によっても違うからね。エネルギー統計では業務部門は残差で求められていて、暗黒大陸と呼ばれていたんだよ。だから少しずつでも調べて、それを積み重ねていくしかない。我々の調査の有効回収率は、例えば飲食店では5%くらいだったと思う。あまりにも返ってこないから、調査票を持ってラーメン屋に食べに行って、店長にお願いして、後日、回収できたらまたラーメンを食べて、という感じで、担当者の三田寺君(元・研究員の三田寺要治さん)は一日4回もラーメンを食べる羽目になって、もうラーメン屋の前を通るのも嫌だと言ってたことがあったよ。
話を戻すけれど、いつも言っているように、寿司屋もラーメン屋も一括りにして「飲食店」の実態はこうなっていますから、こうやって省エネ・節電をしてくださいなんていう情報では誰にもフィットしない。だから伝わらないんだよね。
それはそうだよ。オイルショックのときは光熱費が上がったから、みんな必死になったし、企業も死活問題だったから頑張ったけれど、地球温暖化と言われても全然身近な問題ではない。だから、エネルギー価格が高騰したり、震災で停電したり、といったことがあったときは盛り上がるけれど、落ち着けばまた元に戻ってしまう。
住宅・建築物の省エネ基準も10数年ぶりに見直されたわけだね。家電機器の省エネ基準はまだトップランナー方式ではないけれど、テレビなどに拡大されていった。そういう基準づくりの審議会もずいぶん呼ばれていったね。
1980年代の終わり頃からだね。記録によると1989年だね。最初は需給部会、省エネルギー部会、そして総合部会の長期展望小委員会。重鎮の先生や業界の代表が並ぶ場で、40代半ばの僕は若かったんだよ。その後は環境省や国土交通省の審議会でも委員になって、かれこれ30年になるわけだね。もっともその前に政府の審議会委員としては科学技術庁(現・文部科学省)の資源調査会や、経済企画庁(現・内閣府)の国民生活審議会の委員なども務めた経験があるな。
それでも、知る人ぞ知る、だと思うけれどね。君たちも機会があればどんどん出て行って発信しないと、すぐに埋没してしまうよ。
リゾート計画の関連で海外出張があったくらいだったね。何しろ農村計画や家庭用エネルギーをメインに取り組んできたわけで、どちらも完全にドメスティックな分野だよ。
ACEEEやeceeeに参加するようになったのは、ハルさん(Dr. Harold Wilhite)に誘われたからなんだけれど、ハルさんと知り合うきっかけがあったわけだね。確か、アラン・マイヤー(Dr. Alan Meier)さんとリー・シッパー(Dr. Lee Schipper)さんだったかな。日本の家庭用エネルギーのことを調べに来日していて、日本エネルギー経済研究所に行ったら僕を紹介されて、それで来たのが最初だったのかもしれない。2人とも米国のローレンス・バークレー国立研究所の研究者でね。
そう。1994年ごろだったかな。ハルさんはアメリカ人なんだけれど、ノルウェーのオスロ大学にいらして、文化人類学的なアプローチでエネルギー問題をとらえていたのが新鮮だったね。ハルさんは大学のサバティカルで我が研究所に1年半ほど滞在されたんだよ。ハルさんとの共同研究を九州電力が支援してくれたので、福岡の家庭にインタビューして回っていただいてね。文化的背景にまでさかのぼって、エネルギーの使い方を考察していただいた。まさに今注目を集めている行動変容とエネルギー消費にかかわる研究の基本的な考え方を提起されたパイオニアの一人だったね。後々この問題を手掛けることになるとは思いもしなかったよ。
残念ながら、ハルさんとシッパーさんはもうお亡くなりになってしまった。
それもあるけれど、福岡での調査結果は、Energy Policyという学術ジャーナルの1996年9月号に掲載されたんだ(A cross-cultural analysis of household energy use behaviour in Japan and Norway)。福岡での調査結果を踏まえて、福岡(日本)とオスロ(ノルウェー)での生活とエネルギーの使い方を比較したものだよ。ノルウェーでは暖房と照明にエネルギーを多く使うんだけれど、それは家庭(我が家)の演出に暖かさや明るさが必要不可欠と考えられているからだそうだ。対照的に日本では暖房や照明に文化的な重要性はなくて、消費量も少ないんけれど、替わりにお風呂に入る(浴槽に入る)という入浴習慣が日本人には大事で、給湯のエネルギー消費が大きくなる。省エネを進めるにあたっては、そういう文化的背景も理解してアプローチを考えないといけない。
創業当初の頃には無理だっただろうけれど、20年やってきて、ようやく投資できるようになったわけだよね。どちらの会議も日本から参加している人はほとんどいなかった。僕らは続けて参加して、リジェクトされない限りは研究発表もするようにしてきたから、海外の専門家からみて、日本の民生部門の省エネについては住環境計画研究所に聞こう、という評価を得られるようになったんだ。僕らも海外の事情を肌で感じられる良い機会になった。
1997年から欧州委員会Joint Research Centre(JRC)のパオロさん(Paolo Bertoldi氏)の呼び掛けで、EEDAL(International Conference on Energy Efficiency in Domestic Appliances and Lighting)という国際会議も始まって、初回からほとんど参加してきた。
忙しい中でもこういう場に出て行って、待機時消費電力、トップランナー方式の機器の省エネ基準、ESCO事業、住宅用太陽光発電、住宅省エネ基準などに関する研究成果を発信してきた。こうして作り上げた海外の専門家とのネットワークは本当に財産だね。
長年、アジアでもこういう会議ができないものかと思ってきたけれど、2024年6月に12回目のEEDALを住環境計画研究所と北九州市立大学がオーガナイザーとなって、北九州市で開催することになった。国内外の関係者の皆さんに協力をいただき、ぜひ成功させたいと思っている。
家庭のエネルギー消費実態調査は、先ほども話したような調査票による調査、いわゆるアンケート調査が多かったけれど、時刻別の消費量データが必要になることもあった。そのためには高額な計測器や、その据え付け工事が必要で、アンケート調査に比べると桁違いに費用がかかったから、大規模な調査は難しかった。それこそ昔は、取引メーターを1時間ごとに目で読んだこともある。当然、徹夜の作業になる。
1990年代になって計測コストも下がってきて、ようやく我々にも手が届くようになった頃、1994年から省エネルギーセンターからの委託で、ライフスタイルの変化とエネルギー消費というテーマで調査研究をすることになり、茅先生に研究員会の委員長になっていただいた。
この調査研究の中で約20世帯の家庭の実測調査をすることになった。電気については、家全体の電気消費量だけでなく、主要な家電製品の電気消費量も15分単位で計測することになった。それまでにも家全体の時刻別消費量(ロードカーブ)は目にしていたから、家全体の計測結果は、まあ想定通りだった。一方で、家電機器ごとのデータを積み重ねてみると、かなり全体との差があることが分かったんだ。もちろん、すべての家電機器を計測したわけではないから、差があって当然なんだけれど、深夜にも結構な差があるんだよね。冷蔵庫のように常時使う家電機器を除いても、多い家庭だと100W以上残ってしまう。
そこで文献を調べてみたら、数年前にセゾングループの商品科学研究所(CORE)(1973年創立、1998年閉鎖)の研究者が家電機器の待機時消費電力に着目して、詳しく調べたレポートが見つかった。家電機器は、使っていないときでも、微小に、数ワット程度の電気を消費するということが実際の計測結果に基づいて整理されていた。驚いたね。その時我々の使っていた計測器は、待機電力レベルの消費電力では計測誤差が大きくなるものだったので、そのレベルで精度よく計測できる計測器を新たに取り寄せて、1つ1つ家電製品を計っていくことにしたんだ。
そうしたら単純な電熱型の機器を除いて、ほとんどの家電機器に数ワットの待機電力があることが分かった。中には10ワットを超えるものもあった。家電製品に備わっているタイマーやメモリー、リモコンの受信部に微小な電力が必要で、そこに電源を供給するべくアダプタ(変圧器)があるけれど、ここにも変換ロスがあるんだね。家族で暮らしている家庭には20~30台の家電製品があるから、これらのプラグがコンセントに差したままだと、合計すると数十ワットから100ワットくらいになってしまう。
大抵の家電製品は使っていない時間の方がずっと長いので、計算してみると、待機電力のための電気代は年間1万円になった。平均的な家庭の電気代は年間10万円程度だったから約1割ということだ。この「電気代で1万円」はとても話題になった。家庭の主婦(当時はまだ多かった)にとって、1万円の無駄は衝撃的だったんだね。ちょうど1997年の京都会議(COP3)に向かう時期で、身近な対策が報道でも取り上げられていたから、メディアも待機電力にとびついた。NHKの番組でも取り上げられたね。
消費者としては簡単な対策は、使わないときはプラグを抜く、ということになるけれど、VTRのタイマーがリセットされてしまい録画に失敗してしまったなんて話もあった。ステレオセットは特に待機電力が大きかったけれど、頻繁にプラグを抜き差しするのは機器の劣化や音質の低下を招きかねないという話もあった。いろいろな議論はあったけれど、これをきっかけに、スイッチ付きの電源タップがかなり一般的なものになっていったね。
最初の頃は、数ワットの小さな消費電力に目くじらを立てなくてもいいではないか、という空気だったね。でも電気代1万円で大騒ぎになったし、海外でもアランさんをはじめ、計測結果の報告が相次いで、国際的な取り組み課題になったんだよね。電源のサプライヤーもロスの小さいアダプタを開発するようになっていった。それ以上に大きかったのは主婦をはじめとした消費者からの苦情やクレームが高くなり、メーカーも方針を変えて、待機電力が小さくなるように設計の見直しをして、あっという間に1ワット未満のレベルになっていったよ。やればできるんだよね。
欧米では規制によりこの待機電力削減を進めてきたんだけど、日本の場合は規制をかける以前にメーカーが自主的に取り組んだことは画期的なことだったと思うよ。この経験からサイレントマジョリティーである消費者の存在感と影響力の大きさを学んだね。
待機電力の問題はいったん解消したけれど、最近の機器がどうなっているのか、気になっているんだよね。業務用の設備や機器が見過ごされていないかも気になるね。
(第6回に続く)